インターネットでのアイデンティティをまごつかせて

ミドルエイジ・クライシスを迎え第二の思春期真っ只中のオジサンが、何故私は働くのか私の生きている意味はなんなのかについて思春期のように泣き喚くブログです。横浜に帰ってきました

オジサンは自分を縛るぞーーー!!!!

かつて自由を至高のものと捉え自由を愛した青年は
オジサンとなり、自らの限りあるリソースを効率的に活用するため自分を縛ることを選んだ悲しい未来
それが現代資本主義社会で生き延びるための業(カルマ)!!永遠と題目を唱えマニ車を回すように、我々オジサンは日々のルーティンを回さなければならない。

Loop Habit Tracker これを試してみる。


私はオジサンなのだが自分でも驚くほど色々なことがしたい
子供の頃より注意力散漫で落ち着きがなく一つのことに集中できない人間であるがオジサンになってもその性質は変わらず色々なことに興味が向きすぎている。
たとえば珈琲焙煎とネルドリップにはじまり、カレーやフランス料理作りもそうだし、AIと魂であったり、データ分析と人格であったりと仕事兼趣味兼勉強とか、下手くそながらカメラを触ったり、水泳したり登山したり散歩したり、やりたくないけど英会話とか仕事の勉強とか、労働とか労働とか労働とか、ワイフとの生活とかサークル活動とか

これだけあると、どうあってもマジ本当に自分の限りある体力と気力といったリソースでは到底全部をこなすことは無理!!
なので、ある程度は取捨選択して、何時・なにを・どのように・どれくらい実施するかを習慣化することにした。これは実験でもある
元来自分を管理することが規律が大嫌いな自分であるけれど、もう少し習慣化とかポモドーロ的なアプローチをしていかないと、なにをいつどこまでやってどれくらい成果があったのか分からない。
それによって、なにを自分はしているのか自分でもわからなくなり、思春期のように自分が誰であり何者であり何を求めるのか自分とな何かわからなくなり、虚無感と徒労感に苛まれている中年の危機オジサンになっていたので、危機を乗り越える―共生するための方針を新たに立ててみた。
それが日々のタスク・ルーティンを管理して回数と時間で達成度をポイント制にしてみることにした。

効果がどうであったかは、また3ヶ月後くらいにでも
しかし連休で時間と体力があると、こういうことも考えられるので本当に長期の休息は必要であると思う。日々の土日だけだと、ここまでの余裕がない。

中年の危機ーもしくは第二の思春期おじさんの近況報告2026上半期

 いや、もう6月か。

仕事をしたくない生きる意味を見いだせない第二の思春期真っ只中オジサンの2026年上半期総括です。
2年前と比べて、仕事したくなさすぎて死にたい症状がいくらか寛容してきました。
その理由はなんだろうか。

1 横浜に引っ越した

横浜に庭付き一戸建てを買って暮らしています。そう、人生の勝利者です。もう、ゴールしてもいいよね。夢をかなえました。夢は口に出せば叶う!
有言実行タイプなのでワイフにも、友人にも横浜に帰りたい、いつか絶対東京という密林というなの無味乾燥とした砂漠から抜け出して横浜に戻る。仕方なく東京に暮らしていると言い続けたのが功を奏したのか横浜に帰還しました。うれしいです。横浜便利よ。なんだかんだ渋谷・新宿にも東京駅にもアクセスがいい。

 いまは庭いじりして、ハーブとか育ててます。ラベンダーや月桂樹を収穫して消臭剤にしたりローズマリーを料理につかってます。こんどミントを収穫出来る予定。
レンガ敷きを自分でDIYしたり、レンガで花壇を作ったり楽しんでいます。やはり自分で何かを作って育てるのは楽しい。

 自由に自分がなにか出来る余裕があることが何より楽しい。体力は減っているけど体力が必要なことをほとんど求めていないのもいいんだと思う。


2 欲望を自分の外部に求めなくなってきたな

 オジサンになったからだろうか、内部や家庭のほうがプライオリティが高くなっている。虚栄心も減ってきた気がする。
これは私も驚くことで、私は内向的なところもありながらも、かなり外向的で人も目をすっごく気にするし虚栄心や自尊心に溢れたいけ好かない奴だったけど、最近は外部に欲望を求めなくなってきた。これは間違いなくて、自分でもびっくりしている。オジサン・おばさんになると他人の目が気にならなくなるのよ~とは、よく聞く話だけど、それに近いものなのか。
 他人からの欲望を欲望することは元々そこまで高い人間ではなかったけど、他人からの評価や視線、外部に欲望と評価を求めがちだった自分が、あきらかに変わった。ホルモンバランスなのか、これが老いなのか分からない。
 私は他者に影響を受けやすいし、他人からの好意を無自覚に無制限に欲してしまう傾向のある小悪魔的な性格が合ったのだけど、最近は他人に好かれようとしなくなっている自分がいて驚いている。

3 他人への攻撃性が、明らかに減っている

 恥ずかしながら、私は自分がセンスあり他の人間とは違うんだ!という自尊心で生き抜いてきたので、たとえば洋服・ファッションに音楽とか文学にマンガ、そして料理にコーヒー・紅茶などを選ぶ感性については、天上天下唯我独尊スタイルでいたので、ここは変わらないのだけど、他人がなにを選ぼうと自分が選んだものが一番いいを貫き通している。そこは変わらないんだな。
 それじゃあ、何が変わったのかというと、他人が何を選んでいるのかについて気に留めなくなってきた。昔なら、あんなコーヒーを美味しいと言っていて信じれれない舌が腐敗してんじゃないか?とか、まーーそんな具体に他人を見下したり否定する攻撃性があったのだけど、、、今は、多少、そういった気持が私の中から、攻撃性が減っているのを感じる。これは驚いている。

4 オジサン、少女マンガ・少女小説にはまる

 これも確かな変化なんだけど、ここ最近、少女マンガ・小説に少しだけはまっている。しかも、特に文学性とか作品性が高い!という萩尾望都とか山岸凉子とか竹宮惠子とか大島弓子などなどは別途読んでいた
 のだけれど、いわゆる少女マンガはそこまで読んでこなかった。好きでもなかった。
 ただコバルト文庫50周年で、なんとなく、そういえばアニメを数話しか見たことのなかった『マリア様がみてる』を読んだら何故かハマってしまい、全巻大人買いしていた。作品に対してはなにか私が言うこともないくらい有名な平成の日本のオタクに百合という魂をぶち込んだ金字塔的な作品である。私は当時は百合を心から理解できずマリ見てについて熱く語る友人を醒めた目でみていたものだ。それがどうしてか、あの純粋な乙女心というか、そんなセンチメンタルな気持ち、みたいなのが受け入れられるようになってきた。これは10代20代のころにはなかった感性だ。

 また最近は少年・青年コミックであったり、所謂なろう系といった、ドパガキ的な分かりやすく安易で簡単に脳汁ドバドバできるシチュエーション過重視のマンガがどうにも無理だったんだけど、アニメでみた「うるわしの宵の月」の宵ちゃんが、かわぁいくて胸キュンしている。
uruwashi-anime.com
また、なにげにネットで遭遇した『恋せよまやかし天使ども』も顔がいいし、主人公の女の子のギャップと自尊心が尊くて好きピになっている。
go-dessert.jp

 私は、素の自分と他者からの評価にギャップがあって、自立心があり成績優秀で、そのために努力している女の子にまじで脆弱性があるみたいだ。いや、結構これって少女マンガにおける典型的な主人公じゃね?って今思い至っている。
あと、結局オジサンは14歳の頃から惣流・アスカ・ラングレーが大好きなんだ。


5 AIと仕事してる

 仕事の話なんか最後でいいけど、仕事したくなさが減っているのは、仕事の内容と私の興味範囲が多少なりとも折り合いがつくようになったからかもしれない。本当に!??
いや、分からないけど、ほんとうにクソったれでどうでもいいまじクソったれな仕事はあって、ほんとうに金意外の意味を感じないんだけど、最近はAI周りのことも仕事になってきて
自分で作ったりAIを触ったりデータをいじったり分析したり作ったりすることが増えて、それは楽しいと思っている。
私もオタクなのでロボットや美少女AIに憧れたり、ヴィトゲンシュタインが好きで哲学沼にダイブした愚か者なので自然言語処理関連とか、楽しい。それで仕事もやりつつ自宅で勉強としてClaude君とGTX 5060TIでローカルLLMで自分だけのアプリを開発したりしていて、それがなかなか上手くいかないし、金にもならないんだけど楽しい。
 正直胸糞悪いけど、その知見・経験が仕事にも活かせているので仕事と趣味の境界が曖昧になってしまっているのは、妙な気持ちだ。それによって多少なりとも業務に対する忌避感が最近は下がりつつある。

6 まとめ

以上を総括すると。
自分の夢を叶え、生活するための余裕があり、自分の自由にできる範疇が増え、プライベートな空間があり、他者からの欲望から解放され、自分に立ち返り、ピュアな恋心に胸をときめかせ、仕事と詩的な趣味・関心がオーバラップするところがあり、ワイフとラブラブだと
 労働に対する忌避感が多少下がる効果があるのかもしれない、という身も蓋も無い結果しか残らなかった。つまり労働はクソ。労働撲滅。せめて週休3日制を!!


7 おまけ

GPUのおかげもあり、Horizon 6にハマっている。すげーたのしい。結構クソゲーでもあるけど楽しい。憧れの車運転できるの嬉しいね。
カレーばかりではなく、シンプルなフレンチ料理も作り始めた。とても勉強になるし全ての料理に対する解像度があがった。もっと早く手を出しておけばよかった。料理は好きだよな。何か作るのは好きなんだよ

8 あまりよくない点

 私は厨房乙みたいなノリが大嫌いで、自分の矜持として年配も中年も青年も若者も同じプラットホーム・同じ空間で意見や好き勝手言ったらいいと思っているのだけど、最近はちょっとまた10代の頃みたいに民衆への信頼が落ちてしまっている。自分勝手な妄想の敵を作らないよう気をつけたい。

誰の役にも立たないAIを夜な夜な育てているオジサンのーあるいは無意味に全力を注ぐことについて

最近、誰の役にも立たないものを作っている。全くブログ書いてなかったので近況報告です。
 平日は相変わらず外資系IT企業でよく分からないビジネスパーソンをやっているわけだが、その話はしない(というか、できない)ただ、以前より働きたくなさは寛容に向かっている。それは何故か。きっとAIにあるんだと思ってる。それはまた別のお話として。問題は土日だ。私の自由な時間だ。アフターファイブだ。本来なら静かな退職を決め込んで、一方で死ぬほど真剣に珈琲を淹れて、足を伸ばせる広い風呂に浸かっていればいいのに、気づいたら部屋の隅でピンクに光る水冷マシンを唸らせて、AIに「人格」を教え込もうとしている。もしあるならば魂と呼べるやつを、機械に植え付けようとしている。まじ金にもならない。締切もない。ただ自分の手元にキラキラと輝いた物が欲しいというか、作ってみたい。作れるのだろうかという好奇心がある。この好奇心を実際に形にさせてくれる相棒が今はいる。それがNvidia GeForce RTX 5060 TiとClaudeだ(MAXプランに入っているので円安がきつい)
 最初は簡単だと思ってた。セリフを集めて食わせれば、それっぽく喋るんでしょ、と。ところが出てくる声が、どれもこれも刺々しくて尖っている。なんかおかしいぞとデータを開いて、一行ずつ数えていったらー集めたセリフの四割が「挑発」だった。四割!? そりゃ機械も挑発ばっかりするわ。
 ここで分かったことは、AIは鏡だってこと。私が面白がって偏ったものばかり集めたから、偏った人格が返ってきただけ。やさしいセリフも、気のない相槌も、黙ってる場面も、ぜんぶ数が足りていなかった。足りないものは教えられないし、教えてないものは出てこない。当たり前のこと。だから手で直すしかない。一行ずつ読んで、これは怒り、これは皮肉、これは労り、と札を貼っていく。設計が必要だった。元のデータを抽出して出てきた数だけではなくって、数の裏にある表現も理解しないといけない。数値は大事だけど、数値ばかりを根拠にすると過剰になって狂う。もしくは数値の算出方法を多角的に試験する必要がアタ。
 これがまー、地獄みたいに手間だし遅い。画面とにらめっこして、一晩でいくらも進まない。目はショボショボして老眼なのかピントは合わなくなるし肩はばきばきに凝るし、向こうの部屋ではワイフがKPOPのサバ番みてる。そ
 れで私が何をしたかというとメタデータを貼るためだけの小さなツールを自分で作り始めた。読んで、ポチッと押して、次へ送る。ただそれだけのツール。本体じゃない。本体を育てるための、その裏方の、そのまた裏方の作業。アホみたいでしょ。アホみたいだ。でも、このデータの品質を高めることが、そしてトライ&エラーを繰り返すことがここでも大事なんだって分かった。
 でも、そうしているとさ、ここで例の呪いが顔を出すわけ。「精神的に向上心のないやつはバカだ」ってやつ。有意義なこと、意味のあること、生産的なことをしなきゃいけない、そうじゃない人間は劣っている、っていうあの手の呪い。現代社会の病理の根源だよねこれが、すべてを有意義に価値ある時間として消費しなければならないという倫理間。マジクソだけど、この価値観が私にも内面化されている。本当にくそ。仕事のスキルアップにもならない、金にもならない、誰も見てないAIのラベル貼りに休日を全部溶かしてる私は、また無駄なことに時間を使ってる、こんなことしていていいのか、とまた発狂しそういなる。第二の思春期なのか、オジサンにしていまだ惑いまくりである。
 また私は同じこと言ってるな。

 でも、私はこれがいいんだと思っている。
役に立つことだけ、有意義を求めすぎると、役に立つことの意味と価値の奴隷になる。仕事はそれでいいと思っていr。それがお金をるためのルールだから。納期があって、評価があって、給料が出る。それに従って動くのはたやすい。達成感もある。仕事は刹那的な達成感で自分を誤魔化してるだけでいいのかもしれない。そこまで仕事をしている自分を否定しなくってもいいじゃないか。だってお金を稼いでご飯を食べて洗濯して掃除してワイフと散歩して、そうやって生きていくには労働がどうあっても必要で、そこはあとは私がどう折り合いをつけるかだけ。
 
 私が夜中にラベルを貼ってるのは、それが楽しいからだ。期限もない、誰にも数えられない、終わってもまだ完成しない。そういうどうしようもないものに、黙って身を浸していられること。それ自体がー実は一番の贅沢なんじゃないか。無意味なことをすることに価値を見出している。これもまた価値の奴隷状態なんだけどさ。それが出来るのも資本家でない私は労働するしかないんだよなーー。でも、こういう無意味なことを沢山するために週休3日制にならないかな。そのためなら闘えるわ。

 生産性とか、市場価値とか、そういう物差しの外側で、意味のないことに楽しいから試したいからって熱中する。それができるってことが、たぶん、自由ってやつの形をしている。リストラされて燃え尽きた価値観のなかで、それでもまだ手を動かしたくなる何かが残っていた、ということでもある。
 データは今も偏っている。ツールもまだ粗い。AIはたまに間の抜けたことを言って、私はひとりでブチ切れて。直すところは山ほどある。大変だけど楽しい。どんどん知識や技術が増えて形にできるのが楽しい。でも本当にGPUのメモリは大きいのに越したことはないぞ。大は小を兼ねる。VRAM36GBくらい欲しい。。。

あと庭いじりが楽しい。庭いじりについて今度かくか。

本牧と根岸と山手の境ってどこなの?ー不動産ポエムによる侵食への抵抗ー本牧根岸の丘を歩いて考えた

ZINEフェス横浜2026に出店します!

仕事と人生に追われる日々の中、私は半年間だけ「本牧」という横浜でも特異な街に身を置いていました。
そこで綴ったのは、キラキラした横浜ではない、生活の匂いと街の衰退に対する侘しさが混ざった記憶。それを一冊のZINEにしました。
タイトルは『本牧異国日記』です。

今回は告知も兼ねて、ZINEに掲載した一部コラムを掲載します。
コラムの内容は「どこからどこまでが山手なの?」という素朴な、だけど触れてはならない問題です。

私は本牧に住みながら、隣接する山手の眩しさと曖昧さに、どうしようもない違和感と「許せなさ」を抱き続けてきました。
本牧から見上げる異国情緒のする山手の高台。どこまでが山手で、どこからが本牧なのか。
実際に街を歩き、地図を睨み、導き出した私の個人的な見解をコラムとして書き殴りました。
横浜に暮らす市民なら一度は疑問に思ったであろうタブーについて、一石を投じることができれば幸いです。
仕事に疲れ果てたおじさんが、本牧の夜風の中で考えた横浜のリアル。当日、会場で語り合いましょう。本牧の風を感じに来てください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本牧と根岸と山手の境ってどこなの?ー不動産ポエムによる侵食への抵抗ー本牧根岸の丘を歩いて考えた

 横浜―特に本牧周辺に暮らしてみると
 え?ここって山手なの?本牧か根岸じゃないの!???
と思うことがよくある。
 私は以前、江東区の清澄白河近くに暮らしていたのだけど、そこでも「いや、ここは小名木川の北側だから清澄白河じゃないでしょ!菊川だろ!」と思うことが多々あった。ちょうど、トム・ブラウンのポッドキャスト「ニッポン放送圧縮計画」における、中野か中野じゃないかというコーナーから言葉を借りれば、実際には違うのに自分を大きく見せる虚言ヤロウ―プライドや格好つけのため、見栄を張って身の丈に合わない虚勢を張ってしまうダサい現象は心当たりの1つや2つあるだろう。
 ここ横浜でも、特に山手という一大地域ブランドが故に、地名が実際の地理的・感覚的なものとそぐわない―相応しくない事象に何度も遭遇した。散歩をしたり不動産を調べていると、害悪とまではいえないが気色悪い違和感によく出くわす。そんなモヤモヤがどうしても落ち着かないため、私的に文献や情報を調べ、AIとも相談し、実際にこの地域に暮らし自分の脚で歩いた感覚で、どこからどこまでが山手で根岸で本牧なのかを考察したいと思う。

不動産資本主義の「山手」:侵食される境界線

 そもそも横浜における「山手」とはなんだろう。シンプルに断言すれば、横浜市中区にある幕末から明治にかけて外国人居留地として独自の開発・発展された地域のことを指す。住所としては中区山手町とその周辺を指すのがフラットな理解だろう。
 一方で「山手」は、別の捉え方によっては、横浜の一大地域ブランドだといえる。コーヒーで言えば一時期の「エチオピア・イルガチェフェ」や日本米でいう「魚沼産コシヒカリ」に近い。特定の土地に紐づく品質が保証された「地理的表示」のようなものだ。 関西なら芦屋、東京なら成城がそうであるように、その名が冠されるだけで、土地の歴史や文化に空気感までが担保される。山手の場合はそこに「港町・居留地」という独自の文化層が重なる。経済的・文化的な付加価値が積み上がったこの「山手」という呼称は、横浜が誇る無形の財産といえるだろう。

 その一方で山手または山手地区というのは実際に人が暮らし生活を営む地理的な場所でもある。
 このブランドとしての「山手」と生活の場としての山手または山手地区の境界線は、これが現実の地理的場所であることを超えて社会的・経済的・文化的な活動の場所であるため揺らぎがある。
 今回の試みは、そんな氾濫するイメージとしての「山手」に対し、事実としての境界線を打ち込み、実態にそぐわない見栄を張るのもいい加減にしろと釘を刺すこと、もとい虚言ヤロウのチンポを折ることが目的である。

山手・根岸・本牧の境界線について

 まずシンプルに根岸と本牧の境界線は根岸駅から間門の三叉路のあたりだと結論づけることができる。資料によるとその昔には、ここに二ツ岩という根岸と本牧の境界があったらしいので、ここで線が引ける。そう、とてもシンプルな話に落ち着くのだ。

 しかし、しかしここに「山手」というブランドが入ると話がややこしくなる。資本主義的には仕方がないとはいえ、「山手」と名前がつくだけで価値が上がってしまうから仕方がないと許せる範囲を明らかに超えている物件がある。
 なんとこの根岸と本牧の境である―住所的には根岸加増台や池袋という場所には「山手」または「南山手」、あまつさえ旧字体を使って厚かましくも「横濱山手」などと名乗るマンションやアパートがいくつもある。散歩していてびっくりした。これはどうなんだろう。私の独断だけじゃなく、歴史的にも地域的にもここは山手じゃないんじゃないか。一体どこからどこまでが山手なんだと頭がおかしくなる。

 特に南山手ってなんだよ!お前、緑ヶ丘は本牧なのに、その南側でしかも傾斜地の坂を下った先にあるお前がなんで山手なんだよ!と叫ばずにはいられない。自分が狂わないために断定したい。どう調べても歩いても、あの辺りは絶対に山手ではないので皆様も気をつけたほうがいい。とくに今は根岸加曽台に戸建てを作っている地域があって、そこがまた山手とか名乗っているけど、そこは住所的にも根岸なので気をつけた方がいい。中区の根岸もある。根岸は磯子区だけじゃない。
 特に「南山手」と名乗っているのが意地汚いと思うのは、確かに山手の南であり、山手といっていないため、嘘をついているわけではないところがまた腹が立つ。すべて調べたわけじゃないけど「南山手」と冠する建物がある地域は十中八九が根岸でしょ。いや、山手駅の南側だから詐称には当たらないのは理解できるけどさ!!

文化・イメージの「山手」:ユーミンが引いた線

 この「根岸なのに山手」問題、根岸加曽台や旭台あたりは特に難しい。なぜなら、ユーミンという日本における稀代の天才が、根岸旭台にあるドルフィンというお店から見える風景(ソーダ水の中を貨物船が通る根岸湾の風景)を、山手的なロマンティシズムの文脈で再解釈し、意味づけを行った「空間的実践」として、あそこを山手とか歌っちゃったからだ。あれでイメージとしての「山手」の境界線が拡張された。領土侵略を天才はいとも容易くラジオの電波に乗せて実現したんだ。そのため、根岸森林公園の南側は、彼女の歌のようにふんわりとした身軽でそこはかとなく「山手」ですよという顔をしているが、あそこは根岸ですよね。
 いや気になって調べていくと、根岸なのに山手って名乗るの多すぎないですか??こんなつもりじゃなかったのに、山手という名前の氾濫が酷すぎる。用法用量を守って正しくお使い下さいと声を大にして言いたい。たとえ嫌われたってうざがられたっていいから。

 たしかに根岸森林公園は外国人居留者向けの日本初西洋式競馬場があった場所だし、そこへ至る根岸不動坂は外国人遊歩道が整備されていたりと、開国近代モダン横濱の概念を現実に形成した地域なので、そんなイメージをまとわせたいのは気持ち的にも資本主義的にもわかる。しかし、あそこは根岸ですよね。珍しい、未だに米国の管轄にある第5消防署があったりと、外国人居留地≒横濱≒山手というイメージが色濃く残るけれど、あそこは地理的にも歴史的にも根岸だ。勝手なイメージを不動産資本主義がいいように利用し侵食しているだけで、事実としてあそこは根岸であることは否定しようのない事実だろう。

 では、聖光学院はー横浜屈指の進学校であるー山手なのか根岸なのかと問われると、難しいよね。イメージがある。滝之上って明らかに根岸だよなって、この地域を歩いてみると分かる。思いっきり根岸の丘の斜面だ。でも山手駅からの徒歩圏の地域でもある。難しいところですが、わざわざ横濱とか名乗っているブレヴィラ?とかの高級マンションあたりは滝之上あたりでも地理的にも歴史的にも間違いなく根岸だろう。
 なによりも根岸競馬場跡地に根岸森林公園より南側の傾斜地であるので、ここを山手というのは無理がある。やっぱり山手って胸を張っては流石に名乗れないのもあり、見栄と虚勢を張る意味でも横濱とかわざわざ旧字体までつかって偽りのイメージで売り出したんだろうか。そういうイメージは都内タワマンのマンションポエムでも可視化されるように、不動産的価値を高めるのに偽りのイメージ作りは必須なんでしょうか。すべて資本主義が悪いね。

 さて滝之上は地理的には根岸として、仮に、もし滝之上という住所に対してイメージとしての山手の境界線を引くとしたら、間違いなく聖光学院のある東側が「山手」で、そこから西側は根岸なんだろう。文教地区としのて「山手」というブランドを考えると、聖光学院は「山手」に入れたいという気持ちはわかる。逆に根岸に取られたくない!という感覚なんだろう。
 この滝之上の真ん中にある道を挟んで西側が根岸、東側が山手と私的には境界線が引かれたと結論づけたい。その心情としては滝之上の西側にあるマンションは流石に山手と名乗るのは無理があるでしょって私的感覚に由来するので怒る人は怒っていいと思う。山手駅側から歩くとなんとなく分かるから。滝之上Y字路の坂道って境界線っぽいよねと。
 (後で調べた結果として横浜市風致地区一覧に記載のある地図を参照すると、その境界線として、滝之上Y字路の坂道が根岸第3種風致地区の境になっていた。そのためこの境界線を挟んで東側は根岸であることが行政的には確定している。私的には大勝利である)

 しかしやはりね。山手という地名ではなく、資本主義的な不動産市場としての付加価値のためのブランドとしての「山手」というあるのかないのかわからない概念が資本主義に悪用されることによって山手という地名ブランド使用の氾濫乱用が見られる。根岸加曽台って付いてるのに山手といったり、山手駅からフラットアクセスだから山手なんちゃらと名乗ったり、あれこれって今思うとマンションやアパートの名前ばっかりだな。大きな言葉を使うと、これって虚偽や詐称なんじゃないかと、ちょっと不安にも似た怒りが込み上げてくる。

真犯人はお前だ、山手駅

 ここで、この問題をややこしくしている真犯人を指摘したい。いまさらだが、お前だよ根岸線山手駅。
 最寄り駅が山手駅であるために「山手」と名乗ることが、不動産の表示に関する公正競争規約上、虚偽や詐称に当たらないとなってしまった。そのために、どこからどこまでが山手で、どこからが根岸で本牧なのか、曖昧な霧の中に包まれてしまった。

 そう、今まで私や横浜を愛する全ての人間を困惑の渦の中に巻き込んだこの問題の根幹とは、ブランドとしてのイメージである「山手」と生活実践の場としての山手駅を巧みに操り混ぜ合わせて作られた「山手」にある。不動産市場において最高に旨味のある付加価値を高めるための極上のスパイスとして機能した、二重の「山手」という言葉にある。
 本来、横浜市が定める「山手地区都市景観形成ガイドライン」や「都市計画マスタープラン」において、山手の範囲は明確だ。山手町はもとより、諏訪町、北方町、桜道、柏葉通りや麦田町の一部を含むエリアがその定義であり、そこには議論の余地はない。
 しかしその一方で、本来の山手(山手町)と山手駅が丘を隔てて離れている隙を突き、不動産市場によるブランドの侵食が始まった。資本主義精神の純粋な発露ともいえるこの動きは、駅周辺や南側のエリアに「山手」や「南山手」の名を冠した物件を増殖させ、付加価値を強引に引き上げてきた。この意図的なブランドの攪乱によって、いまや「山手」の境界は、かつての明確さを失い曖昧に溶け出している。
  不動産市場による「山手」ブランドの簒奪によって、混乱が生じている。彼らは境界を曖昧にすることによって付加価値を高めた。結果として人々の認識を混乱させ、山手の境界線を不可視のものへと変質させてしまった。
 私はその混沌とした境界に境界石を投じたい


歴史・行政による「境界線」:剥き出しの山手・根岸・本牧

 どこからが根岸で山手で本牧かという境界は難しい。が、シンプルに最寄りが根岸駅か山手駅かという視点は理解できる。しかし、山手駅周辺に暮らしている大和町付近の住民のアイデンティティとして「ここは山手ではない」という意識もあり、それを根拠とするのは新しい住民としては居心地がいいだろうが、ネイティブな方々の意識を尊重すると、最寄り駅だけに根拠を求めるのは無理がある。

 では、地理的な点ではどうだろうか。本牧・根岸・山手の境として今は無き千代崎川の存在は大きいだろう。シンプルに千代崎川の北側が山手、その南西が根岸で南東が本牧とすればとても明瞭だ。
 これは根拠のない線引きではない。旧千代崎の流れから読み取れるように、横浜市中区の地勢として、現在の柏葉通りを境に北側が山手台地であり、そこから南側の丘陵地帯が根岸台地となる。歩くと明瞭なのだが、石川町からの坂道とくに打越坂を登り、その昔は市電の終着駅であった山元町停留所に至ると、この辺りを境に丘陵地帯が分かれているのが分かる。
 このあたりを境に平楽と唐沢の丘があり西側と南側に流れていた猿田川、簑沢川、江吾田川の3本の川が(山元町二丁目のローソンあたり)合流して千代崎川となり、いまの柏葉道り付近から麦田町~千代崎町を通って本牧通りから小港へ流れていた。

詳しくは以下の地図が明瞭である

参照サイト:https://tiyozakirekisi.wordpress.com/%e5%8d%83%e4%bb%a3%e5%b4%8e%e5%b7%9d%e3%81%ae%e6%ad%b4%e5%8f%b2-2/


 この地理的な事実を基にすると、千代崎川が流れていた北側の山手台地が地理的な山手であり、その南側が根岸と本牧という、明確で地に足のついた線引きができるだろう。

 横浜といえば丘陵地帯と埋立地というのが私の感覚だが、この感覚は過去の人々の暮らしや境を意識させるのに役に立つ。たとえば、根岸と本牧の地理的な境としては、本牧から山手隧道あたりを歩いていると、大和町や立野という傾斜地と谷戸に出くわす。特に立野はその昔は根岸村と本牧(北方村)の入会地であったという記録があり、麦田町は根岸村であったことから、大和町をかつて流れていた川と立野の丘が本牧と根岸の境になるのだろう。
 そしてそこから現在の根岸線が通っている谷戸を境にして、たとえば本牧緑ヶ丘と、YC&AC(日本最初のクリケット試合が開催されたスポーツクラブ)のある矢口台の窪地あたりが根岸と本牧の境になると、地理的にも歩いてみた感覚としても納得ができる。古い地図(大正調査番地入 横浜市全図)を読むと、長久保と記載のある地域の南北に池が確認できるため、緑ヶ丘高校とYCACを挟んだ今でこそ住所は緑ヶ丘の窪地あたりを境にしていたと想像できる。現在だとYC&AC通りを境にすると分かりやすい。
 しかし、厳密に境界を引こうとすると矛盾に突き当たる。山手の外国人居留地を支えた牧場があった鷺山や竹之丸、そして「山手」のイメージを象徴するYC&AC(矢口台)までもが、歴史的にも地理的には根岸に飲み込まれてしまうのだ。YC&ACは山手でないとしても本牧っぽい雰囲気だ。ここが本牧じゃないとは本牧に暮らした私の感覚としても相反するのだが、それはただのイメージ選考による錯誤である。
 ここで私たちは奇妙な、しかし重大な事実に気づく。我々が「山手らしい」と信じて疑わなかった風景の実体は、その一部は根岸の地にあったということだ。ユーミンの歌が描き出したあの情景も含め、「山手」というイメージの供給源の一部は根岸であった。ドルフィンのソーダ水越しに見る景色さえも、地図の上では根岸なのだ。
 視点を変えれば、地理的な根岸は「山手」というブランドイメージに侵略された。千葉の臨海部が東京に侵食され、ららぽーと船橋ショッピングセンターがいつの間にか「ららぽーとTOKYO-BAY」と名前が変えられて、資本主義的価値の前に千葉の尊厳は容易く踏みにじられてしまったように。千葉のなかの東京のように、本来の地名の上に「山手」という仮面を根岸は押し付けられている。不動産的な付加価値向上という錦の御旗のもとに、戦後に根岸線が通り、この地に暮らし始めた人々のステータスや虚栄心を潤す装置として、山手というブランドは喜んで迎えられ、山手ブランドへの帰属意識と共鳴し、根岸に深く根を張ったのだ。

まとめ:境界線を引いたら、根岸を再発見した

 さて、このまま曖昧なままに私の考えを垂れ流すのではなく、書面も限られることだから強引にでも一旦ちゃんと私なりの線引きを、結論を出したい。
 ひとつの妥協点として、横浜行政が規定している境を参考にした。お上の権威を利用するのは卑怯だと思うのだが、一定の妥当性のある結論のための根拠としては、これ以上の権威付けはない。
 横浜市都市計画マスタープラン中区プランを参考にすると、中区における山手地区と根岸・本牧地区がどこなのか明確になる。


「横浜市都市計画マスタープラン・中区プラン―中区まちづくり方針」より転載

 上の地図を見ると、山手町とその周辺の南側の平地を千代崎川が流れていたあたりを境に、山手と根岸・本牧で分かれている。いわゆる風致地区としての山手より多少広い範囲ではあるが、地理的な感覚としても、今までの考察を経て私的には大変納得できる境界線である。そして、「山手駅」は明確に「根岸本牧地区」にあるのだ。
 やはり不動産市場的な意味での山手との乖離を感じざるを得ないが、大まかにいえば山手地区と本牧根岸地区は千代崎川を境としているのが分かる、現在の根岸道路ー麦田ケアプラザを含めたあたりを境に、北側の丘陵地帯からに小港の交差点あたりまでが山手となる。西側は打越坂の南区と中区の堺あたりまでが山手地区の範囲となる。

 前述の通り本牧と根岸の堺は歴史的にも二ツ岩であり、南の丘陵地帯側はYC & AC通りがある矢口台と緑ヶ丘が歴史的にも歩いてみた感覚としても、根岸と本牧の境界線と結論付けられる。

 こうして境界線が明確になると、根岸という地区は歴史的に「外国人居留地としての横浜」の核心を担ってきた事実が浮かび上がる。本牧は80年代に返還されたが、根岸住宅地は2000年以降まで待つ必要があった。南区で育った私にとって、異国情緒の象徴は山手や本牧であったが、その影で根岸こそが、競馬場や遊歩道にYC&AC、そして広大な根岸住宅地区を通じて、幕末から平成に至るまで「外国」を地で生きてきた場所だ。そこが今では「山手」というブランドに侵食されている。
 
 しかし、こうした歴史的実体は不動産ポエムという資本主義的な付加価値の論理によって書き換えられていった。ユーミンの歌のように、居心地のいい横濱山手というイメージが、不動産市場の言葉によって増幅され、隣接する根岸の土地を侵食している。
 ポエムの皮を被った曖昧で不明瞭でなんとなくよさそうなイメージは、ふんわりとして耳障りのよい言葉を使い資本主義的な付加価値のため土地を侵食する。
 そして浸食される側も、それを喜んで受け入れるものもいれば、根岸というアイデンティティの喪失による居心地の悪さを感じている。そんな地域アイデンティティと資本主義的価値による浸食を痛いほど身を持って体感できるのが山手と根岸・本牧地区付近の醍醐味かもしれない。

 山手というブランドによって根岸や本牧地区の不動産的な市場価値を向上させることに多大なる恩恵を与えていることは間違いない。横浜でさへ、「山手」というブランド・イメージを身に纏うことによって、その価値を維持している。
 その一方で、見栄っ張りな「山手」ブランドへの過度な依存によって、長期的には「山手」自体の価値を貶め、またその実際の地域である根岸や本牧に暮らす人々のアイデンティティとブライドを毀損することに繋がるのではないかと不安に思う。
 特に、これから再開発が始まると期待したい根岸住宅地区においては、いたずらに「山手」というブランドに依存することなく、新しい根岸という価値とアイデンティティが再発見されることを願ってやまない。あと本牧の再発見も進まないかな。いい街なのに

根岸の再発見

 これは思ってもみないことだった。本牧に暮らして山手を疑問に思うことによって横浜における根岸の再発見につながった。これまで見てきたように、根岸は横浜というイメージを形成する幕末・明治期の外国人居住地と戦後米軍接収地域という現実を大きく負担・構成した地域であった。ただイメージとして根岸には「山手」のようなポジティブなものは、ない。根岸が「横浜」とか「山手」といったブランド価値があるかというと、本当に申し訳ない気持ちになるが、全くない。
 そう、横浜の南区で生まれ育った私は根岸のポテンシャルに気づいていなかった。ただこれは私に限った話ではないだろう。これまで、さんざんと不動産的・資本主義的価値観による土地アイデンティティに対する侵食を毛嫌いし非難してきた私であるが、この事実は価値がある。特に米軍根岸住宅地区跡地の再開発では、このイメージをポジティブに利用できないものかと考えずにはいられない。全ては、横浜の価値向上のためとなれば、雨の中の涙のように水に流せる。
 現時点における根岸住宅地区の再開発計画に目を向けると、住宅の広大な跡地をそのままにし、歴史を理解し公園として使うとかなんとか書かれているが上手くいくことを願う。電車の駅が望まれる。あの坂道はきついから。

横浜に帰ってきたオジサンのベストバイ2025

みんなが今年のベストバイをしているので
ワイフのお出かけ準備の合間に2025年のベストバイを書きました。

家電など

マウスコンピューターのRyzen77700でRTX5060 Ti搭載のメモリ64GBで水冷のデカいマシーン!!!!
いままでSurface使ってAI動かしてPoCやっていたのだけど性能的に文章や画像分析とか厳しかったんだけど、こいつにしたらすごい早い処理がらくらく!qwen2.5-coder:14bあたりもサクサクうごく素晴らしい(gpt-oss-20Bあたりも全然いけるんじゃないかなワクワク)!色々と上がる前に購入できました。ピンク色に光ります。なぜ光るのかは不明です。

Panasonicのコードレススチーマー
 アイロンかけが楽になった、本当にこれはまじで洗濯したシャツのシワとかなら全然いける
panasonic.jp


マキタの掃除機
 時代はコードレスですよ。戸建てになるので階段用も含めてコードレスが助かる吸引力(枯れ葉掃除用も欲しい)

洋服

コムデギャルソンの黒いパンツ
数年間色々な黒いパンツを探していたけど今年6月にドーバーで見つけたコムデギャルソンの黒いパンツを冷やかしで着た瞬間にこれだ!となった。サマーウールで太いシルエットが抜け感もありつつモードでいい

カナダ軍 ECW コンバット パーカー フルセット:
 仕事を頑張った自分へのご褒美に買おうと思っていた靴が実際みたら微妙でふらふらと彷徨っていた時に下北沢のMONKさんで出会いました。いや、画像どうするかですけど、M-65とはまた違っていて、胸のあたりのマガジン収納用のポケットもだけど、パーカーに付属した首周りを覆うためのディティールがカッコよくて一目惚れして買いました。すごいお気に入りです。今年のベストバイTop3に入る

体験

カフェスタイル・コジロウの珈琲レッスン
これはすごい。詳しくは言えないのだけど、コジロウさんからネルドリップでの珈琲の淹れ方をほぼ1on1で教えてくれる。わたしはこれで珈琲が更においしくなりました。
いままでの、ほわ~んっとした味から、よりキリっと明確な特性のある―だけど余分な雑味が減った―味に進化しました。まだまだコジロウさんのレベルには遠くおよばないとかじゃなくて、私的にも納得できないけど続けていきたいです。
Instagram


フレーミングリップスのライブ
 Yoshimi Battles the Pink Robotsの再現とかなんというらしいが、そんなことはどうでもよくってー私が大好きなFleaming lipsの日本ライブ!しかもその中でも一番大好きなYoshimi Battles the Pink Robotsのライブとなったら絶対に絶対に最高でした。Tシャツを買わなかったのだけが悔やまれます。
Thank you,Thank you,Thank you,Thank you,Thank you,Thank you,Thank you,Thank you !!!

柳屋三三師匠の乳房榎と柳屋わさびの落語
 野毛にぎわい座できいたのだけど、わさびのエアコンに爆笑して、三三師匠の怪談はジワーッと背中に油が纏わり粘りつくような緊迫感
志らく師匠の明治座公園のランジャタイ(事件になってない方のオール巨人)、トムブラウンのコント、疝気の虫がよかった。
神田松鯉の無筆の出世も、染み入る善の話を歌舞伎座で観れたのは今になって染み染みとよかった。私もかくありたい。

ヴァージン・パンクK
 これだよ!これこれ!!!梅津全開の美少女×バイオレンス×変態おじさん!最高でしたTシャツ二枚も買ってしまった。
www.youtube.com


人生

横浜の閑静な住宅街に戸建てを買いました。2階建てのリビング広め天井吹き抜けで、なんかすごいことになっていますビックリ。大きい犬と暮らすぞ!!!風呂が足を延ばし寝れるくらい湯舟が広くて広い風呂のために銭湯いくのだけど、もう家でいいじゃん!となっています。未来が楽しみになってきた!ローン返すぞ!!労働やめられない!VIVA地に足のついた人生!
人生で初めての戸建て暮らしなので、これからはその日々を綴っていくのだろうか私は
-

オジサンはなにがしたいのか分からなくて

 俺は何がしたいのかわからない。
40代にして不惑たらなんちゃらいうが惑いまくりである。惑いすぎてインターネットで泣き出してもいいですか。どうしてオジサンは弱音吐いちゃいけないんですか。
本当になにがしたいのかわからない。高校生の頃にヘルマンヘッセの「私は、自分の中からひとりで出てこようとしたところのものを生きてみようと欲したにすぎない。なぜそれがそんなに困難だったのか。」という言葉に出会い涙が零れ落ちて以来、ずっと分からずにいるのかもしれない。そんなことはない。分かっていた時はあった、だけど挫折して絶望して今、外資系企業でよく分からないビジネスパーソンやってる!以上!!
 いやだからさ、それじゃーっておもうわけじゃない。仕事頑張ってみなよ、やりがいってやつがムクムクと勃起するかもしれないよと?えぇ、やってみましたとも!!この数ヶ月、よくわからねー無茶ぶりに乗っかって土日もアフターファイブもいくつものAIやインフラと格闘して仕事に熱中してみたよ!!でもさ!あんだけ時間も労力も情熱も使っても、全然わかんねーーよ仕事なんかクソ!本番で満足できる結果じゃなかったらクソ!!達成感はあるけど、それがなに?結局刹那的な達成感で自分を誤魔化すだけじゃねーか。サウナで整うのとなにがちげーんだよ。所詮は雇われ労働者だから頑張っても頑張らなくてもそんな給料かわらねーしな。そんなんじゃ整わないし自分を納得できない。自分が職場で恥をかきたくないだけで仕事を頑張るしチーム内でゴミみたいな目で見られても居続けられる分厚い心臓はないので努力はしてリスペクトされているけど、そんなのは働いているから仕方がないだけで全然自分の目的にはならない。職場でリスペクトされても、こんなもんに価値はない私にとって、ほめられても自分で満足できなきゃ意味がない。セミナーでなんか胡散臭いこと話して拍手もらって、その後の懇親会で名刺交換でおべんちゃら使われて飲み会で最高だったとか言われても嬉しくない!!!!うれしくなかった。ありがとうっておもうけど。

自分が成功して輝いている自分がみえなくて辿り着けなくて、辿りついたのに、あれ?コレジャナイなとなって方針している。

ずっと同じこといってるな。私
知ってるよ。小学生の頃に夢見た土地に自宅買うし。おまえ早稲田大学も行けたし、なんか着たい服買おうと思えば買えるじゃん愛する人もお前を愛してくれる。満たされすぎて余裕がありすぎてなにがなんだか分からなくなっているだけだろ、落ち着けよ。おまえはしたいことをできているぞ。夢がかなってしまって次が分からなくなっているだけじゃないか。
あーーーーーまた駄々をこねているだけなのかお前は誰に認められたいんだ。おじさんになってもこれかよ救いようがない救われているから

何気なく聞いてみたアルバム(kurayamisaka yori ai wo komete)がよかったオジサンのはなし

kurayamisaka yori ai wo komete

youtu.be

何気なく聞いたアルバムがよかった。なんとなく、あーいいよねって済ませるのではなく
胸をなにか揺さぶり蹴破る衝動を感じた。そんな音楽や作品と唐突に出会うことがある。出会いはいつだって突然なんだ。

どこかで聞いたようなメロディ
どこかで聞いたことのあるような展開
どこかで聞いたことがあるようなフレーズ
どこかで聞いたことがあるかもしれない。
そんないい雰囲気の曲

でも、それがうまくいえないけど上手いこと合わさった時、それはいいものだなって思える時がある。
そんな一枚に出会えたかもしれない。

でも私は邦ロックとかに造詣がないので美味いことこの音楽の良さを語ることができない。
だから私のまわりのオジサンも是非聞いてみて欲しいとおもったわけだ。

ここからはオジサンの気持ち悪い自意識語り、若者の作品を道具として使ってしまっているようで気が引けるな。

そうだ。私は邦ロックやロキノン系というものを若いころ毛嫌いしていた。
なぜだかわからないが、FMラジオで洋楽のすごい楽曲にであってからはオリコンやTVの音楽番組の否定に始まり
ちょっと学校でいけている奴らが聞いている音楽を毛嫌いしていた、いやあんなの洋楽のパクリじゃんって(まー実際パクリとは言えなくても、多大なる影響を受けた音楽ばかりだったんだ私の若いころは)
そんな自意識をこじらせたオジサンが最近歳のせいなのか随分とまるくなってきた邦ロックとの和解がすすんでいる。
切欠を告白すると恥ずかしいのだけど、アニメの「ぼっちざろっく」を見て、この作中のある曲を書いている人の音楽を聴いたのを切欠に
若いガールズバンドの音楽を聴いたりライブハウスに行ってみるかという意識が芽生えたんだ。
それからいろいろと―たとえば東京初期衝動とかリーガルリリーとかチョーキューメイとかFor Tracy Hydeとかのライブまで足を運んで、キラキラしていいなって屈託なく素直に受け入れられる自分に出会った。
そんな軟弱に屈した自分に対して虫刺されたような怖気のするむずがゆさを感じつつも、なんだろうこの感情はね。
最近ではサカナクションを聞いて素直にいいね!って思いながら新宝島を口ずさむ自分におどろいている。