イリュージョニスト感想

イリュージョニスト
わざわざ私が改めてレビューを書くこともない名作である。
「僕のオジサン」で有名なジャック・タチ監督が生前書き残した脚本を元に
ベルヴィル・ランデブー」のシルヴァン・ショメ監督による映画作品である。

映像・音楽・物語
どれをとっても素晴らしき作品なので鑑賞を薦めたい作品だ、ちょうどお正月休みに退屈な時間でできてしまうでしょうし

この作品中で私が特に感じ入ったのが「イリュージョニスト」というタイトルが示す言葉の通り、幻影・幻想の使われ方だ。コミュニケーションにおける媒体としての幻想の使われ方が印象的だった。

ネタバレなのを憚らず言ってしまえば、この作品は幻影に囚われることの、人によっては虚しさと別の人にとっては希望を描いている。
1959年、主人公のイリュージョニストスコットランドの田舎町でとある少女と出会う。
彼は人のいい人物である―お人好しといってもいい、舞台の上でなくとも誰にでも手品を披露しささやかな喜びを生み出し見出す。その日常の内のことだったのだろう、彼は彼女にも手品を披露する―赤いくつをプレゼントした。
 彼は彼女に亡くした娘の幻想を重ねてしまった。イリュージョニストがイリュージョンにかかってしまったのだ。
それからの彼は彼女の我が儘をきき彼女の求める都会的な洋服などを買い与え、彼女はあどけない田舎娘から立派な今どきの都市の香りのする女の子へと姿を変えていく。そして、都市の男とデートし雨の中キスをするまでになる。彼は居場所のなくなった都市を後にし、彼女はテレビのある都会に男と残ることになった。

 あらすじはこんなところだろう*1
彼女はイリュージョニストと出会い、彼を童話に出てくる様な魔法使いという幻想を見る―それはあたかも幼子が父をなんでもできるスーパマンなんだと思ってしまうように。
 彼はそんな幻想に応えようと慣れないだろう仕事までして、彼女に魔法で服を買い与える。彼は彼女の抱く自分への幻想と自分が囚われてしまった幻想、彼女は娘で私は父であるという幻想をこなそうとしている、そんな風に私には思えた。
 しかし、この物語はなにか特別なことを語ろうとしているのではなく、ごくごくありきたりな父と娘の風景であると言える。なんでも生み出せるパパと、そんな娘の期待に頑張って応えようと頑張るパパというのは理想的でありきたりな関係であると言えるのではないか。
 それがこの作品の面白くなんとも魅力的なところなのだと思う。この二人はイリュージョンで結ばれた関係である。互いが互いに別の誰かを見出しつつ関係を維持している。それはちょっと歪だし、彼女の奔放さや無知に視聴者はイライラさせられてりもするだろう。
でもだけど、そういった関係性というのは、ごくごくありきたりな親子関係であって、親子関係というのはそういった幻想によって関係が成り立っているのかもしれない。

 彼は帽子を売り、相棒を野に放ち、最期に電車内で少女に対して魔法を使うのではなく手品を使った。イリュージョニストは自らかけた魔法から目を覚まして、どこいいくのだろうか。それはまた別の話なのだろう

*1:この作品の中では古い幻想と新しい幻想として手品や腹話術とロックンロールやテレビが対照的に扱われている。そして人々は古い幻想には魅力を感じることなく、古い幻想が追いやられていく様が描かれている。のだが、これは「ぼくの伯父さん」にも現れることで、私には主題とは思えなかった