インターネットでのアイデンティティをまごつかせて

第二の思春期を終えたオジサンが、何故私は働くのか私の生きている意味はなんなのかについて思春期のように省察するブログです。

正月休み三日目の日記

12月30日
昨日、喫茶いずみにて「サザコーヒーには凄いバリスタがいて、美味しいエスプレッソを飲める(要約)」という話を聞いた。
ふーーん美味しいエスプレッソね。美味しい珈琲があるんだ、まだ私の行ったことのないお店に、そうかサザコーヒーって一度も行ったことなかったな。
そう、思いついたら吉日ということで早速サザコーヒー本店に行った。片道三時間かかった。同じ関東平野だけど遠いわ
しかも帰省シーズンだからなんでしょう、朝の特急が取れなくて在来線を使うしかないじゃない
へーサザコーヒーの本店って勝田にあるんだ。ん?勝田ってどこ?というところからはじめて、土浦とか取手とか聞いたことあるけど、関東のどの辺りなのか知らない駅を通って、乗り換えで30分以上待たされて
「電車で接続に30分以上待つと地方都市に来たって感じがするなー」とつぶやきつつ
勝田というたぶん名前を聞いたのも訪れたのもこれが初めての町にエスプレッソを飲みに行った。在来線で三時間かかった。それだけで疲れたけど、本はしっかり読めた。

駅に着くて汚いラーメン屋にたくさん人が並んでいて服装が東京の若者とちがうなーと思いつつお昼時にサザコーヒーに着いたら予想通り混んでいた。みんなランチ食べに来るんだよね。知ってたけど、20分まつ。
で、カウンターに通されたんだけど椅子が狭くて尻がいたい!これはゆっくり珈琲楽しめないかなーと思いつつまずはエスプレッソを注文

うまい。エスプレッソ美味しかった。目的のバリスタもいた。エスプレッソはエスプレッソだけどジューシーさと甘さを感じる濃密があり苦みは抑えられているタイプのエスプレッソ。うまい。砂糖を入れてもうまい。
次はおなかも減っているのでホットドッグセット、うまい。半分笑いのネタかとおもった、さざぱんも美味しいしポークシチューは好きな感じ。
でもカウンターの椅子で尻が痛い。
でも、そんな尻の痛さに負けずに、ここまで来たんだからとエスメラルダ ゲイシャを注文。ネルドリップで淹れてくれたけど、これは美味しくなかった。残念ながらエスプレッソのほうが香りが出ていたくらいだし深みもなく、しゃばしゃばしていて残念だったわNot4meね。
最後に将軍カフェラテを注文、これもうまい。金色のカフェオレボウルにいっぱいのカフェラテで美味しかった。

たっぷり2時間楽しんだ後はどこへも寄らずに特急ひたち18号に乗って東京に帰ってきた。いや、特急って最高ね。席はリクライニングあるし車内販売あるし電源あるし最高よもうほんとありがとう。

帰宅してワイフと山形牛のサガリをつかってすき焼き食べて寝ます。

正月休み二日目の日記

今日は喫茶いずみで珈琲を飲んできた。
ジャマイカのブルーマウンテンとエチオピア ゲイシャ村ゲイシャという、あーー年末・お正月だな!って雰囲気の珈琲、いいですよね。年末お正月だから普段は口にしない珍しく高級・貴重なものを頂くって、お正月気分が味わえて好きです。
ブルーマウンテンは派手さこそないけれど香りがよく酸味と甘みがクリアで美味しかったです
ゲイシャはそんなに好きではないので知らないのですがエチオピア ゲイシャは今の流行りなんだなって分かりやすいジューシーさと香り高さがありつつも着心地のいい絹のような滑らかなで舌の上を踊るよう仕上っていて、流石だなーと改めて感心しました。

帰りは夏見台団地や近所でカメラの練習をしつつ船橋シャポーで肉と魚を買って帰ってきました。明日はすき焼きです!!

夜は夫婦でサークル活動として、人生で初めてラジオを収録しました。どうなるんだろう、これ公開するのかな。

正月休みがはじまった初日

13連休取れたけど仕事が終わらず仕事が残ったまま12連休に突入した初日
朝から部屋を掃除しワックスがけという年末の必須イベントをクリアしてロイホでランチを食べついでとばかりに正月用のお花とかまぼこ(鈴廣)を買って更に念入りに風呂掃除までした。えらい!!!!!引き続き冬休み期間で窓掃除とキッチン周りの掃除もしたい。

あと念願のミラーレス一眼Nikon Zfが届いた。うれしい。人生初の一眼レフカメラというおもちゃを手に入れてハチャメチャに喜んでいた。写真撮りに散歩したい。レンズもすげーーのが欲しいと思いつつセットの40mm F2が本当に十分すぎるほどだわ。

あとは”はしメロ”というか”鍵を返せ”というバンドを見つけて楽しんでいた。センスがあるし楽しくていい。はしメロはラップも上手くて驚いている。これからもっと発見されて有名になるんだろうと確信している
youtu.be

明日はなにをしようか。試しに連休全て日記書いてみようかな。

あたらしい日記を書こうと思う

また新しい日記を書こうとおもった。ワイフと話していて、あたらしいイメージがわいたからだ。
その日記は、どうしよう。非公開にして、まとまったらコピ本にでもしてまた出そうかな。

この日記のアイデンティティがまとまらないわ。
こっちは珈琲と読んだ本やみた作品に食べたものについての思い出として絞るかな。

そうしようか。よし、決めた。

特に書くことがないほどに日常を回復した

色々とあったのだけど、特に表に出そうということがない。
リストラになり死ぬ気で必死こいて再就職して1ヶ月と1週間ちょっと、今までと同じような日常を回復した。

今までと同じように意味のないミーティング時間には自習したりリモートなのをいいことにゲームの日課を回したり
仕事では営業からの無茶ぶりで早速いろいろとプレゼンしたり説明したりと、
私生活でも仕事でも、今までと同じ日常を取り戻した。

私ってレジリエンシー高いなと改めて驚くし、流石のワイフもリモートミーティング中にスマホゲーしている私を見て
「全く変わらない同じじゃん!」と驚いていた。

ただ、これから5年後10年後15年後に同じ会社でリストラにあわず働いて収入を維持できるかについては以前より楽観的ではなくなった。
以前も楽観的ではあまりなかったんだけど、流石にあれは事故みたいなものだよ。でも事故は残念ながら起こるよね。
だから色々と考えておかないとなーと将来の準備をはじめることにした。

あと、今のところ以前より仕事はたのしくなっていた。おもしろく不思議なもんだ。

リストラになって再就職しました【文学フリマ東京37 ずっとVACATION : I-19】

こんにちは
タイトルの通り、リストラになり人生奈落の底に落ちましたが再就職して、また同じような日常に帰ってきました。

リストラされてから再就職までの葛藤や感想についてはまた別の機会にブログに書きたいのですが、未来の自分用にとそれまでの日々を綴った日記の抜粋をまとめた、日記本(コピー本)を文学フリマにて出品することになりました。
タイトルは
外資系IT企業から突然リストラされ無職になったオジサンがオファーを得るまでの日記
です。

実はうちのワイフが「ずっとVACATION」というサークル名にて『朝に追いつくまで』という日記本を出品するのですが
それに相乗りする形で出品します。
本当はブログに赤裸々に描きたかったのですが、内容が個人的かつ外に出すのは憚られる内容だったので、今回限りのコピー本という形にしました。

もし都合と興味があいましたら、手に取って笑ってあげてください。

一部300円を予定しています。

よろしくお願いいたします。

可能性と安定した生活の話

ブログを書いても誰にも届かないと思いつつ書いているのは、案外自分には届いているからかもしれない。

昨日、若者と話して可能性と安定した生活について思い至った。
その若者は私からも別の方からみても優秀で可能性があるが、本人は将来のことなどで悩んでいた。
彼の目標にやりたいことは何なのだろうと思う一方で、様々な不安があることは容易に想像できる。
例えば夢や目標のために進んだとして将来的に、安定して自立した生活が送れるのかという不安が滲み出ていたように感じた。

可能性という点において、オジサンになると「まー私はこんなものだったのかな」という部分と、私だったら今後頑張ればこれくらいなら達成できるかもなというポイントが想像できてしまえるようになってしまう。この年齢までに経験して努力して達成できた現時点と、そこからの将来像をイメージしやすい。それは若いころの自分にはなかった視点だ。若いころの私は、どんなコストをかけてでも目標を達成したい、自分ができるとか能力があるとかはそんなことは一切顧みず考慮せず構わず向こう見ずに飛び込んだ。それで上手くいったことも、いかなかったこともある。

子供の頃は自分の将来なんてなんとなく楽観的にしか想像できなくて
ちょっと大人の若者になると将来に対してどんどん驚くほど悲観的になって
いまオジサンになった私は、その若いころに想像すらできなかった将来の私になってしまったオジサンである私は、将来に対して特に若者のような不安はない。*1

そう、若者のように将来に対する漠然とした、しかし確実に今ここにある不安という類のものはないけれど
その一方で若者にはない安定というものはある。ただ可能性と時間はない。本当にない。
いや、違った。違う、そうじゃないだろう。安定を捨てれば可能性も時間もある。若者ほどではないにしても、ある。
捨ててしまえればの話だけど、この安定を捨ててまで追い求める可能性か?と考えるや否や、自分の今までの人生や努力に能力を顧みて、その選択肢は驚くほど簡単に圧し折られる。
ある程度の安定した場所を確保したオジサンは、将来の可能性を簡単に圧し折ることができる。
可能性と安定は互いに互いに相容れずに求める脂肪分とオジサンのような関係なのかもしれない。

その一方で安定のない若者は、将来の可能性に飛び込んで決断するしかない。決断するしかなかった*2
安定を求めていなくても、そこでは安定しているであることを前提とした将来を求めている。成功するというのは、往々にしてそうした前提を含意する
将来の可能性がたくさんある若者は大変だ、押しつぶされそうな自由と複雑性の刑に処されている*3

ただ成れの果てであるオジサンとしては、自分を納得させる人生を歩むことができたのか。それは大切な問題だ。どういった視点・観点から自分の人生を見つめるのかが大切だ。
私はある点においては、これ以上より人生を上手く回せなかった感覚はあるので、その点では納得しているのだけど、これから私はなにを目標にしたらいいのかが分からなくて泣いている。

*1:今の仕事や年収が失われて生活が不安定になったらどうしようという不安はあるが、その一方でキャリアもあるため会社をクビになっても全てが失われることはないだろうという漠然とした楽観主義もある

*2:決断しないでいた私は院卒無職という地獄に落ちた

*3:かと言って我々オジサンがなにかアドバイスできることなどないのだが